9日10日は二人乗りタンデム自転車であそうぼう!!

夏休みに、吹田の自然や環境をテーマにやりはじめて三年め。前からやりたいやりたいと思っていたのが「タンデム自転車<二人乗り自転車>体験会」。
6年前の千里ニュータウン展開催中に、リカンベントと言う背もたれにもたれながらこぐ自転車のオフ会があることを聞きつけ急遽コース変更をしてすいは くに来てもらいました。 (リカンベントは最近、桂三枝さんが推奨されてます)

その時、段取りをお願いしたのが、西宮の喫茶「笹舟倶楽部」ここの店主は2人乗りが好きで自転車もカヌーも2人乗りを推奨されてました。 毎年秋に、武庫川河川敷のサイクリングロードで視覚障害の方に自転車をこぎ、風を感じて貰おうと言うイベントをされています。
画像
ほとんどの都道府県では2人乗り自転車で公道走行は禁止されていますが、兵庫県ではそんな活動が認められ、公道を走ることができるようになりました。 大阪府ではまだ公道は走れません。
2人乗り自転車の前に乗るのが「パイロット」後ろに乗るのが「ストーカー」と言います。自転車は環境にやさしく、究極のエコ移動手段であり、障害者でも楽しめるといろんなメリットがあります 。
画像
今回は西淀川の「あおぞら財団」から四台のタンデム自転車をお借りして、すいはく前で体験してもらう予定です。あおぞら財団の前にもサイクリングロードがあり行けば有 料ですが乗れます(500円) あおぞら財団の代表の方は兵庫県につづき大阪でも乗れるようになればいいなぁ♪と、快く貸してくださることになりました。

8月9日火曜日正午から午後5時までと10日水曜日午前10時から午後5時まで
雨天時は博物館一階のぬれないところで。
暑い夏です、帽子と水筒持ってお越し下さい。


この両日、先着50名にはゴーヤのジュースのふるまいがあります。
すいはく前で育ったゴーヤも使うそうです。

てつ


夏季特別展プログラムはこちらから

マユちゃんマリちゃん

7月29日~31日は、丹波の森公苑・縄文の森塾の縄文キャンプだった。早いもので、今年でもう10年。私が民博を定年退官になった春とつぜん、河合雅雄先生から電話があり、「こどもに森のよさ、楽しさを学ばせたい。縄文塾という名にしたいので指導をたのむ」ということばに共感、ひきうけた。

しかし、こども相手は未経験、どんな話をすればいいのか、何をやればいいのか。土器焼きをはじめ、食べられる野草採集、昆虫の観察、川の生物を調べる、竹や木でおもちゃづくり・・・試行錯誤の連続だった。最近はイベントも定着してきた。池でイカダ(てんぷく丸)やカヌーを浮かべて歓声をあげながら遊ぶこどもたちを見て、スタッフの一人が言う。「この活動は、サポーター(=ボランティア)のみなさんの力の結晶」。

画像なかでも、マユちゃんとマリちゃんは、第一回の参加者で、当時小学校6年生だったが、今ではここ数年サポーターとして活躍している。最近のこどもはダラダラして、とおとなたちは言うのだが、よく見ると軍隊式の強制ではなく、新世代のゆるやかな統率力を発揮しているように思う。

(カンチョー)

シンポジウム 災害と博物館

8月7日午後2時からは吹田市立博物館と日本ミュージアム・マネージメント(JMMA)学会近畿支部とが主催するシンポジウム「災害と博物館-災害時に博物館ができること-」がありました。
画像
国立民族学博物館准教授の林勲男さんはみんぱくの取組みとして文化財レスキュー事業に参加し、これに基づく有形・無形文化の再生支援や被災市町村の関係資料や記録のリスト作成を紹介しました。

画像
近大姫路大学講師で歴史資料ネットワーク副代表の松下正和さんは歴史資料ネットワークの活動内容や過去の実績紹介をしたあと今回の東北地方での活動やネットワークの支援を紹介しました。今回は海水につかった文書というはじめての体験がありました。単に海水だけではなくヘドロがまじっていてたいへんなのです。


ひきつづきJMMA近畿支部長・全日本博物館学会役員の井上敏さんの司会でシンポジウムです。
画像
シンポジウムでは、災害時にはどうしても人命救助が最優先の中、水につかった資料も一刻も早く救出する必要があるので、いかにして現地に早く入れるように理解を得るのかなどを話しあいました。たんに文書のみの救済ではなく、民俗資料などの救済の技術にはおおくの活動主体との連携が不可欠だし、その前に「どんなものがどこにあるのか」といった地域の資料のリスト化をしていかないといけない。などなどを話しあいました。

(おーぼら)

おしらせ
9月11日(日)午後1時半~3時半に講座室で2004年10月20~21日の台風23号(豊岡市の由良川堤防でバスが水没して乗員乗客37人がバスの屋根で一夜をすごした水害)による被災地からの水濡れ資料(古文書・図書・写真)の吸水乾燥ワークショップがあります。講師は本日講演なさった歴史資料ネットワーク副代表の松下正和さんです。
2010/11/06にも博物館でワークショップをしました。


夏季特別展プログラムはこちらから

フォーラム 吹田の自然-私のとっておき吹田の生き物-

8月6日(土曜)午後1時30分から市内で活躍する自然系の団体が「吹田の自然-私のとっておき吹田の生き物-」というテーマでフォーラムを開きました。
画像
吹田ヒメボタルの会:塩田敏治氏「西山田緑地のヒメボタル」
吹田野鳥の会:平軍二氏「吹田のツバメ」
ガールスカウト第21団団員長:立木(ついき)靖子氏「吹田くわい」
Nacs-J大阪:香月利明氏「吹田のメダカ」

吹田自然観察会:小室巧氏「吹田のベニイトトンボ」
日本万博機構自立した森再生センター長:池口直樹氏「万博の昆虫」
NPO法人すいた市民環境会議会長:小田忠文氏「吹田の古木大木」
司会)吹田自然観察会:高畠耕一郎氏
画像
オニヤンマの背中は鬼の顔のような模様があるのですね!!

最後にカンチョーが感想を述べました。
画像
皆さんの話を聞いていてホタル、メダカやトンボ、ツバメさらにクワイや大木などと全体として生態系のバランスを考えつつ活動してますね。生態系を大きくとらえる関係ができてくればいいですね。
ここは考古学と歴史の博物館だったのに、このような皆さんが入ってきていきいきと語りあうことを大変うれしく思っています。今後もご支援をよろしくお願いします。

(おーぼら)


夏季特別展プログラムはこちらから

続々あつまる ナマズ

すいはく3階ロビーのナマズコーナーに、新顔登場!
画像

その名もずばり「なまずくん」
実はこれ、なまずをかたどった簡易震度警報機なのです。震度4以上相当の地震の揺れを感じると、「地震やで!」と音声で地震を知らせてくれます。手にとって、ゆすって確かめてみてください。
画像
(MT、こぼら)

森のクラフト

市内の里山などであつめた素材を使って、8月4日の午前と午後、すいた市民環境会議のみなさんの指導のもと、参加者はおもいおもいの作品をつくりました。もう夏休みの宿題のひとつができました。午前は39人、午後は34人が参加しました。
画像


画像


(おーぼら)

夏季特別展プログラムはこちらから

鯰絵をみる :歴史講座「昔のひとは災害をどう考えたか」

7月30日(土曜) 午後2時から博物館学芸員の寺澤慎吾さんが歴史講座「昔のひとは災害をどう考えたか-日本人の災害観とその変遷-」を講演しました。今年4月すいはくに着任した寺澤さんにとって、すいはくでの初舞台だそうです。
画像

地震・暴風雨・日照り・飢饉・疫病などの災害は、いつの時代にもあるわけですが、時代によって人々が考える原因やその対処方法が異なっていました。
古代は、災害は”神”や”天”がおこすものだと考えられていました。日本書紀には地震の神さまが出てきますが、地震の原因は神のいかり、したがってその祟りをさけるために祀られたのです。また、中国からは”天”が為政者の不徳に怒って起こるものだという考え方(災異思想)もはいってきて、災害をととめるため、さかんに加持祈祷がおこなわれました(それしか為す術がなかったんですねー)。災害を契機にした書かれた著作(鴨長明『方丈記』、日蓮『立正安国論』)をみると、このような思想が底流にあることがわかります。

中世になると、農業で重要な水の調整・管理、つまり降雨や止雨など水をつかさどると考えられた「龍」「龍神」の存在がクローズアップされます。鎌倉時代の日本図には龍がぐるっと国土をとりまいているものがあり、龍は日本を守護する存在としてとらえられるようになります。そして地震や噴火は、その龍が地底で鳴動しているのだと考えられました。
画像


近世になると、地震龍は地震鯰へ変化し、多くの鯰絵が登場しました。
画像


カンチョーは丹波でナマズを焼いていたので、乱入はなく、平穏無事に終了しました。
(おーぼら、こぼら)


夏季特別展プログラムはこちら

から

散髪ボランティア

画像シンルイに理容師がいて、神戸震災のとき、仮設住宅へ理容ボランティアにいったそうです。道具は、「白い布、タオル、クシ、ハサミ、バリカン、髪留めピン、手動スプレー、小さな掃除機(電地)」と簡便なもの (髭剃りはしない)。時間は1人約15分、条件がよければ学校の廊下で、でなければ運動場でも。さっぱりして、いい気持と大変好評だったそうです。神戸では1ケ月ほどたって要請があったそうですが、今回の東日本でも同じようなシステムがあって、活躍したのでしょうか。こうした、小さな癒しをもたらす特技を生かしたボランティアはほかにどんなものがあるのか知りたくなりました。

(カンチョー)

西濃の「鯰押さえ」

岐阜県大垣市の郷土玩具「鯰押さえ」が吹田市博に登場するそうですね。ここでは、縁(ゆかり)の山車カラクリについてご紹介します。

滋賀県から愛知県にかけての中部日本には、カラクリを伴う山車(ヤマ)が曳き回される祭礼がたくさんあります。国指定重要無形民俗文化財の祭礼も数多く、岐阜県では春秋の高山祭がよく知られていますが、西濃(岐阜県南西部)地区もその宝庫であることはご存じだったでしょうか。ちなみに、この地域では、山車のことを「車」へんに「山」と書いて「ヤマ」と読ませています。役所の公文書や保存会の名刺もこの漢字を用い、人によっては、なかなかにこだわりを持って使われていますので、ご注意ください。しかし、この字は大漢和辞典にも載っておらず、PC表示もできないので、ここでは「ヤマ」と書いておきましょう。

画像さて、これらのヤマの中で、鯰押さえのカラクリをもつヤマは、なんと3つもあります。正確には、①大垣まつり(岐阜県大垣市)の鯰ヤマ(魚屋町)、②綾野まつり(岐阜県大垣市)の鯰ヤマ(横丁(よこちょう)瀬古・綾野第5、第6自治会)、そして③片山八幡神社祭礼(岐阜県池田町)の市ヤマの、3ヶ所の祭礼で同趣向のカラクリが見られ、そのうち③が最も古いといわれています。それによると、寛永年間(1624-45)、長い日照りで困った村人が雨乞いを行ったところ、大雨が降り、増水した田んぼを6尺の大鯰が泳いできたそうです。その鯰を神前に供え、神楽と鯰押さえのカラクリを奉納したのが始まりといいます。

鯰押さえのカラクリは、恐らく、禅問答の「瓢箪鯰」から発想されたようで、翁(漁夫?)が手にした瓢箪で鯰を捕らえようとするようすは、有名な妙心寺の「瓢鮎図」を彷彿とさせます。「鯰押さえ」という言葉自体は、「とらえどころないさまや人」を意味しますが、そのどことなくユーモラスな登場人物からの連想か、後に、ひょうひょうとした筆致で庶民に人気だった大津絵の画題になったり、ひょうきんな歌舞伎踊りに翻案されたりしました。また、「道外坊(どうけぼう)」という立派な名前のある①の翁は、青砥藤綱(生没年不詳、鎌倉後期)だともいわれています。藤綱は、10文の銭を50文使って探させたとか、お金に関係した逸話の持ち主で、江戸時代には文芸の名裁判官役として愛された人物です。なんだか、祭礼を伝承してきた町人たちの好みを反映しているように思えませんか。

対して、郷土玩具の「鯰押さえ」は、幕末、疱瘡封じのおまじないとして漢方医・見沢祐碩(ゆうせき)が作ったカラクリを、大垣藩士・長谷川佐賀吉が玩具として考案したものが原型で、動く人形が珍しかった明治・大正時代に流行したものの、次第に廃れ、佐賀吉から習い覚えた倉橋良一が、後に復元したのが現在のものです。

「ハアー、ハアー、押っさえたか、チカラカチンチン」 軽快なお囃子にのせた気取りのない歌詞に合わせ、瓢箪をもった腕を上げ下げさせて、鯰をねらう赤頭巾の翁。対する鯰はのらりくらりと尾をひねって逃げ回ります。どちらかというと単純なしかけなのですが、急転換や回転など、激しくも、意外に写実的な動きに、思わず笑みがこぼれる楽しいカラクリで、鯰ヤマは11両も出る大垣まつりのヤマの中でも、とても人気のあるヤマです。春秋の行楽に岐阜のカラクリ行脚、おススメですよ。
画像

(岐阜県博物館 南本有紀)

講演会「大阪及びその周辺地域の断層と地震」

7月31日(日曜) 午後1時から吹田地学会事務局長の林 隆夫さんが「大阪及びその周辺地域の断層と地震」について講演してくださいました。100人を超す聴衆で会場はムンムンでした。
画像


阪神淡路大震災のとき阪神間では震度7で強烈な被害を受けた場所とすぐ近くなのにあまり被害のなかった場所があることが目立ちました。いわゆる「震災の帯」が現れたのです。豊中の庄内地区や堺筋の三越デパートは周辺とくらべて被害が突出していました。この現象がなぜおきたのでしょう?一部の学者は「震災の帯の直下に活断層がある」と主張しました。さて真相は・・・・? 
画像

上の図のピンク地帯は震度7の地域です。大阪府内では仏念寺山断層の西側の豊中市域や上町断層の西側で被害が大きかったのです。調査の結果、阪神間の活断層は震災の帯のやや北側にあることがわかりました。
画像
地震波の伝わり方をコンピューターシュミレーションした図です。地震の波は地下深いほど速度が速く基底岩盤が最も早いのです(2000m/s)。地表近くは遅い(400m/s)という性質があります。地下深くを走ってきた地震波が断層を駆け上がる時波は屈折して地表で波が集中する場所とまばらになる場所ができます。この集中する場所に震災の帯ができると考えられます。レンズで光が集まるように地震の波の焦点効果と表現します。

画像
上図の左半分のように、断層で落ち込んだ側の上で揺れが大きくなることは今後の地震でも当てはまると考えられます。そのほか人工地盤(埋立地や丘陵地の盛土造成地)では揺れが大きくなります。

直下型地震
画像
図の黄丸印あたりが吹田市です。吹田市の近くの活断層に目をやると、近くには4:上町断層帯、6:六甲・淡路島断層帯、10:生駒断層帯、11:有馬-高槻断層帯があります。これらの断層が動くと吹田市内でも甚大な被害が出ると予測されます。

画像

これら(4,6,10,11)のうち上町断層帯の歴史=活動記録をみると平均活動間隔が8000年程度なのですが前回の活動は28,000~9,000年前と考えられるので、「いつ起きても不思議ではない」という意味で30年以内の発生確率は2~3%と言われてます。
画像


プレート境界型地震
今回の東日本大震災と同じ原理でおきると予測されている大地震に南海トラフで発生する地震が考えられます。
画像
南海トラフ(海溝)で発生した巨大地震(南海・東南海・東海地震)の年表です。南海地震、東南海地震、東海地震が100~150年周期で起こっています。次に南海トラフで発生する地震は昭和タイプではなく、宝永タイプあるいは安政タイプの超巨大地震になると推定されます。南海地震や東南海地震が起こると大阪は震度5~6の強い揺れと最大波高3(~6)m程度の津波に襲われると考えられています。

画像
割り箸に力を加えると「いつか折れ」ます。しかし「いつ」「どの場所で」折れるかを予測することはきわめてむつかしいのです。地震もこれとほぼ同じ現象なのです。

夏季特別展プログラムはこちらから


(おーぼら)

放射能教育

画像NHKニュースで、ゆとり教育の間忘れ果てていた、放射能教育の再考、小学校の先生方が学習を始めたことが報道されてました。その内容は、今回の展示でやっていることとほぼ同じでした。文科省に先立つ、市民委員の先見の明には驚くばかり。先生、生徒、市役所関係の方々のもっと積極的な参加が望まれます。

(カンチョー)