新春館長講演会「元号と紀年法」(1/6)

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暦の研究は中牧カンチョーの分野のひとつ。すいはくの新春を告げる(カレンダーがもらえる)講演会も毎年おなじみになりましたが、今年は特別!「あらかじめ改元が決まっている年」で、ひょっとしたら新元号に関する予想なりコメントが聞けるのでは…?という淡い期待で集まった人もいたのかどうか?講座室は満員!の慶ばしいスタートになりました。

「そういうことは歴史学者が聞かれることで文化人類学者にはご下問はないんですよー」と、そこはあっさりかわされましたが、今や日本だけで日常的に使われている「元号」。かつてはアジアのいろんな国でそれぞれの「紀年法」(年を数えるシステム)があり、これらのグローバルな紹介から始まりました。

ところでそんな元号大好きの日本でも、終戦まではもう一つの紀年法、「皇紀」(紀元)がありました。昭和15年(1940年)が紀元2600年とする数え方ですね。神武天皇の即位から数え始めるとする数え方です。ところがこの皇紀、制定されたのはなんと明治5年で、西暦と同じ頃に導入された新顔。元号と皇紀とどちらを明治新政府の「使うほう」にするのか議論があって、「皇紀一本で行く」という主張もあったそうですが、結局「併用で行く」と落ち着いたんだそうです。

古くからの元号のほうがやはり生活に浸透していて、「皇紀」(紀元)は戦後ほぼ使われなくなってしまいましたが、かつて日本が占領していたアジア圏では、インドネシアの独立宣言(昭和20年・1945年)が皇紀で書かれているなど、意外なところで痕跡を残しています。

元来「改元」は突然発生するため、「元年の暦」はないもののたとえに使われるそうですが、今年は異例の計画改元。新元号は5月1日からですが、発表は前もって4月1日に行われるとのこと。エイプリルフールと重なってややこしいフェイクが巻き起こらないことを祈りたいものです。

(by okkun…最後の一文はokkunの感想です…)

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