放射能被害地をみる(2) -ハメルーンの笛吹き男

子供のいなくなったハメルーンのイメージが唐突に浮かんできたのは、30キロ地点の検問所で消防団の人から「ここには2つの小中学校がありますが、子どもは離れた船引町の学校に移しています」と聞いたときだった。町に入るとやはり子どもの姿がない、奇妙で不安な気持ちがした。
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帰り道、学校の前に「がんばろう!まけない!未来を見つめて!」などの言葉をかいた子どもたちの絵がいっぱい張り出してあるのが目に付いた。これを、元気ととればいいのか、痛々しいと感じるのか・・・。
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この地方は、平時でも、少子高齢化がすすんで過疎化がおこり、児童数の確保に悩んでいて、イベントや野外活動センターの設置などさまざまの工夫をやっていた。

地元紙「福島民友」には、現在、福島県全体で17000人の児童流失、と報道されている。元通りの回復はたいへんなことだろう(日本そのものが そうなのだから)。
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ところが、つぎの日には、「除染」に政府が膨大な予算をつぎ込むことが報じられ、同時に特定地域では今後100年近く?は人が住 めなくなるという首相発言があった。地元で怒りやあきらめで大混乱をきたしているのは当然だが、その不安は他の原発周辺地の私たちにも大きな不安 となってのしかかってくる。放射能汚染の人体への害が危惧されるが、とくに子どもへの影響がこわい。かれらが健全に育つ保証がなければ未来はないからだ。
 
興味深かったのはこの地の人たちに、「放射能なんか関係ない」と居直った生活ぶりが垣間見えたことだ。ひと気がなくとも、チョウやトンボがむれとんでいる、花が咲き乱れ草木がおいしげっている、雑草の生い茂った畑の草刈をしている人がいる、これが私たちのすむべき地なのだと身を挺して放射能問題を解決しようとしている、と言えないだろうか?

ところで、ハメルーンの町はあのあとどうなったのだろうか?

(カンチョー)

注:一番上の絵は、Wikipedia "ハメルーンの笛吹き男"の項より。

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