尼崎市立田能資料館訪問記-ハイジをたずねて

先日、尼崎市内での教養講座をすませてから、夕やみ迫った田能(たの)資料館をはじめて訪問しました。そこは猪名川の北岸の土手に沿ったところにあり、対岸には地図を見ると園田競馬場があるようです。伊丹空港からも近く、尼崎ではあっても伊丹や豊中と隣接し、尼崎市の最北端に位置しています。田能資料館は弥生遺跡で知られる田能遺跡のだだなかに建てられたサイト・ミュージアムです。

なぜ田能資料館を訪ねたかというと、そこにかつての教え子が学芸員として勤務していることがわかったからです。そして彼女の案内で展示場と野外の展示施設を見学しました。展示室は一室のみ。中央に男女の人骨の展示があり、子供用の甕棺も置かれていました。男女とも伸葬ですが、男のほうは木棺におさめられ、あつかいが異なっていました。壁面の展示は出土した土器や矢じり、装身具などが中心で、野外には竪穴住居や高床倉庫が建てられています。
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この遺跡は配水場建設のため破壊される運命にありましたが、市民の要望や全国的な保存運動のおかげで、史跡公園として整備された経緯があります。発掘調査は1965年からおこなわれ、資料館は大阪万博の開催期間中の1970年に開館しました。

小さな博物館で予算も限られ、学芸員としての悩みは尽きないようでしたが、困難に立ち向かう意欲がすがすがしく感じられました。実は何を隠そう、帝塚山大学の大学院の講義で「アルプスの少年」と自己紹介したわたしに、「わたしがハイジです」と返してきた学生が彼女だったのです。平川廃寺の発掘調査で卒論を提出したため、ヒラカワ・ハイジというニックネームがついたそうです。

爾来15年あまり、昨秋、帝塚山大学と共催した特別展示「一片の瓦から」のおかげで彼女の職場を知ることとなりました。ハイジをたずねて3000里、ではなく、吹博からは直線距離でたった2里ほどのところにハイジはいたのです。(アルプスの少年)

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