「福島原発事故-なぜ起きた?防げたのか?今後どうなる?-」

8月21日(日曜)午後2時から講座室は満席になりました。
(株)日本システム安全研究所社長 吉岡 律夫氏による講演会「福島原発事故-なぜ起きた?防げたのか?今後どうなる?-」がありました。
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講演では福島第一原子力発電所での事故の推移をかたり事故の核心部分の水素爆発の説明や我々はどこで間違えたのかなどを説明しました。
詳細は失敗学会のホームページにゆずります。

吉岡さんがもっとも言いたかったことは「日本人はノウハウは学んだが、ノウホワイを十分に学んだのか」ということでした。
1970年代、国産の原子力発電所を作ったとき米国から原子炉の図面をもらいそれに従って作ることはできた。つまりノウハウ(know-how ものごとのやり方)は図面からでも得られた。しかし、「なぜこのような設計になっているのか」というノウホワイ(know-why)は図面からは伝わってこなかった。それはものを作る過程で判ってくるものなのだが。

たとえば原子炉建屋の5階部分の壁や天井は耐圧性に乏しく設計されていたことを知る人はほとんどいなかった。政府のホームページでは事故後にも5階の天井が頑丈につくられている図が掲載されていた。
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しかし水素爆発の時に建屋を傷めず屋根を吹き飛ばすようにつくられていた。つまり水素爆発を想定した設計だった。「事故があると水素爆発が起こる」ということまで考えた設計図であるというように図面を読んでいた人は少なかった。まち中にある花火工場は爆発時に周辺への被害を少なくするため屋根を薄く作っている。それと同じ考えだったのだ。
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上の右図は原子炉建屋の5階部分だが壁は頑丈なものとはいえない。つまり爆発したら吹き飛ぶように作られている。


今後の放射線量については3月12~15日のベント(排気)等によって放出された放射能が主な発生源である。従って、今後、福島第一原発から放射性物質の飛散が増えることはない。ほとんどの放射能は建屋地下水に滞留しているので、今後回収できれば安全である。残る放射能のほとんどはセシウムによるもので、半減期が2~30年と長く、なかなか減衰しないので、この状態が数十年以上続く。ストロンチウムやプルトニウムなどが検出されても微量なので問題はない。いわゆる内部被曝(食物摂取や呼吸による被曝)は、制限値以下であれば全く問題ない。しかし原発周辺地域は今後100年は居住不可能であろう。福島県内は除染などの対策が必要であろう。

講演がおわってからの質疑応答に熱がはいりました。その全録です。

Q)茨城県の建築屋さんから聞いたことだが、福島第一原発の建設場所は高い場所、中くらい、低い場所と三つの候補地があったが何故低い位置に建てられたのか?
A)福島第一原発は高い場所の地盤を20m削って作られている。削る土木工事はコストがかかるので削った理由はあるのだろう。仮にその地盤が軟弱だったら削るのが当然だろう。一方、海水を利用するので海に近い方が有利なことはたしかだ。海に近く建てたいという潜在的な意図もあったろう。この決定をした生き証人はすでに他界している。

Q)スリーマイル島の原発事故は1か月ほどで収束したが、今回はなぜこのように長引いているのか?
A) スリーマイル島の原発事故は燃料部が溶けたのだが、圧力容器内で止まり格納容器は無傷だったので放射能が外部に出てこなかった。炉心の事故としてはひどかったが放射能が外部に出なかったことで社会への被害が少なかった。一方福島は燃料棒が壊れて落下し圧力容器も格納容器も壊れた。壊れた理由は水素爆発ではない。格納容器が破れたことで放射能が外部=大気の中と建屋の地下水路=に出てきた。大量の放射能はスリーマイル島では原子炉内にあったが、福島では外に出た。福島県やその周辺にばらまかれた放射能は今後数十年は消えることはないでしょう。何をもって収束と言うか難しいが、この会場にいる人の存命期間中の収束は不可能と考える。

Q)チェルノブイリとの違いは?
A)福島第一原発から出た放射能はチェルノブイリで出た量の十分の一程度。放射能を除去すべき面積がウクライナほど広くはない。日本の国力なら今回は、乳幼児が生活できるくらいのレベルに放射能を除去することは可能だろうと若干の希望は持っている。

Q)設計に経験則は組み込まれるはずだが、福島で過去の津波の経験は組み込まれていたのか?
A)過去の津波がどこまで来たかを調べたのは東京電力だった。東京電力の調査では福島県沿岸で過去最大の津波は5mだったということだ。どの時代までさかのぼっての調査だったかはわからない。宮城県には多賀城で大津波の歴史は残っているのだが。今後考古学者の協力が必要だ。

Q)報道では水素爆発は政府・東電などは想定してなかったとのことだが。
A)物理学の理論からは全電源喪失の後では、水素爆発を防ぐ方法はない。詳しくはこちら

Q)鉄塔が倒壊して外部電源喪失したが、耐震性強化とか地下に埋設するとかの方法はなかったのか?
A)鉄塔の耐震性は特に考慮されてなかった。「現状で十分である」という認識だった。理由はおそらく「立派な鉄塔を建てても落雷事故もよく起きる。万一送電線から送電できなくても複数のディーゼル発電装置がある」という考えだったのでしょう。

Q)BWR3、MARK1とは何ですか?
A)福島の1号機はBWR3、2号機以下はBWR4という型式です。MARK1は格納容器の型式です。

Q)はじめに海水を注入したことは意味があったのか?
A)本来なら淡水を注入しないといけないのだが用意してなかったため海水を使わざるをえなかった。「海水を入れる」ということは「その原子炉を廃炉にする」ということなので相当大きなな決断だったと思うし、東電のこの判断は適切なものだったと考える。

Q)米軍第7艦隊はなにをしたのか?
A)米軍は衛星から時々刻々事態を把握していただろう。事故発生直後に軍が日本政府に支援することを申し入れた。残念ながら日本政府は断った。

Q)100mSv(ミリシーベルト)以下なら安全といわれてるが、毎時とか年間という記号が付いてない場合はどのように考えたらいいのか?
A)原子爆弾のように一瞬で浴びる量が100mSv以下ならという意味で、総量とも考えられる。毎年1mSvを100年浴びた100mSvと影響が同じなのか異なるのかは現代科学ではわかっていない。

Q)ジリコニウムと高熱の水が反応して水素がでるそうだが、ジリコニウムはどこに使われているのか。またジリコニウムを他の金属に置き換えられないものか?
A)燃料ペレットを包む被覆管に使われている。高熱の水と反応して水素を出さない金属の研究もされてます。しかし経済性からいまのところジリコニウムなのです。

Q)浜岡原発は停止したが、今後津波で冷却ができないと福島と同じになるのではないか?
A)浜岡の3号機4号機は止めたばかりなのである意味で福島と同じ条件だが、崩壊熱は運転停止直後は高いのだが一週間も経過すれば熱は下がり、万一のことがあっても冷却には大量の水を必要としない(小型ポンプでまにあう)ので福島のようにはならない。

Q)燃料が溶けて格納容器の下にたまってる状態だろうが、再臨界が起きないのか?
A)物理学的に再臨界はおきない。その理由は失敗学会のホームページを参照してください。

Q)今後日本は原発を減らすだろうが、廃止するのか?止めるのか?
A)選択肢は多々あろうが、止めたからといって燃料棒はどうなろう。我われはパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。「止めたから安心」とはならない。すでに原発は55機存在している。今あるものから目をそむけても解決にはならない。

Q)廃炉になった福島原発にある燃料の残りはどうするのか?
A)再生して再度使用するという仕組みに乗せないとどこか(の自治体が)引き受けないといけなくなる。自転車が走りだしてしまったので止めることはむつかしい、むしろ止められないのが現状だ。この議論はこの(質疑応答の)場では大きすぎる。

Q)3号機を設計する段階で政府の方針は「作る」と決まってたのか?
A)はい
Q)GE社はからんでいたのか?設計会議に参加してたのか?
A)参加していない。図面をもらっただけ。
Q)図面を読む力が当時の日本人にあったのか
A) 図面を読むことはできた。しかし「何故このような設計にしたのか」は図面には書かれていない。基本設計思想を知らずに図面を見てもその思想や指針はわからない。
Q) GE社に設計思想を尋ねたのか?
A)聞けば教えてくれただろう。しかし聞いても理解できなかったのではないだろうか。
Q)当時の討議資料は残ってるか?
A)はい。残ってます。

Q)福島第一原発は大きな事故をおこしたが福島第二原発は問題なかった。日本には古い原発から新しい原発までそろってる。「新しい設計思想や指針を古い原発に生かす」ということはおこなわれれていたのだろうか?
A) 福島第一原発の6号機が助かった理由は「よりよいものを作ろう」として発電機を原子炉建屋内に置き、しかも海水を必要としない空冷式にしていたためだ。このように後発品ほど安全に配慮されている。当然古い原発にもこの考えを使うべきだった。空冷式発電機を設置したり、津波で破れないタービン建屋の扉に付け替えるくらいのことは大した費用ではないのでできたはずだ。何故しなかったのかはあくまでも想像だが、現状を変更することは官僚機構のなかでは大変なエネルギーを要するので躊躇したのではないだろか。

Q)放射線を浴びたらどのような病気になるのでしょう?セシウムの入った牛肉をたべたらどうなるのですか?
A)この状況は誰も経験していないのでデータがないのでどうなるのかは言えない。これから福島県民を対象にした膨大な調査・研究が始まるところだ。データは広島・長崎で一瞬に浴びた放射線の経験しかない。その結果、「総量100mSv以下の被ばくでは放射線を浴びていない人との間に差が見られない」ということだけがわかっている。

Q)タービン建屋の地下には高濃度放射線の含まれた水が大量に存在する。この水を今後どう処理するのか?
A)現在はその水を放射能を吸収するフィルターを使ってある程度浄化して原子炉の冷却に使っている。このフィルターが順調に作用してくれることを祈るのみです。

Q)半減期が長いから埋設が問題になる。半減期を短くするという物理学の理論はあるのか?
A)半減期が100年から300年くらいのものは人間が管理できるだろう。半減期が何万年のものの半減期を短くする研究はおこなわれていて、学会発表も見られる。見込みがあるかどうかわからないがある程度実現できる段階に来ている。実験炉ではできているので実現は(100年先というレベルではなく)、ごく近い将来には可能になるだろう。

Q)構造物には寿命がある。原発は寿命がきたらどうするのか?
A)寿命は40から50年。その後10年くらいで更地にしている。米国ではすでに10機以上が更地になっている。今回の福島第一原発は10年くらいでは更地にはできない。

Q)大気汚染防止のため建屋にカバーをかけるとやら聞く。意味はあるのか。
A)東日本に流れた放射能の99.9%は事故後の一週間にベント(排気)で流し出したもの。水素爆発で建屋の瓦礫が原発周辺に飛び散った。この瓦礫に付着する放射能を持つ砂塵などが風にのって飛んでくる可能性はあるので「福島原発から放射性物質が出ない」とは言えないが実質はほとんど出てない。原子炉建屋を何かで覆っても放射線飛散の予防には役立たないだろう。


(おーぼら)

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