ブログの足あと3.(再発熱期…2007/1-2007/12 前編)

画像■「新春コメント合戦」で明けた2007年
ミリカ50回記念への祝賀コメントで盛り上がったのを見たカンチョーは、さっそくこのパワーを使うことを考えます。名づけて「初夢はくぶつかん 新春紅白コメント合戦」!博物館に期待する「夢」を、皆が自由にコメント欄に書き込んでもらおうという企画です。コメント欄だから参加は誰でも自由。2006年12月29日に始まり、2007年1月5日に博物館が開くまで…という予定でしたが、年末年始は女性がことのほか忙しく、また帰省や旅行でパソコンの前にいない人がけっこういることもわかって、締切は1月8日24:00まで延長しました。最初は男女対抗で紅白歌合戦みたいにしようと思ったのですが、いきなり「桃組」とかいう人が出てきてぐちゃぐちゃに…しかし最後の数時間は滝のようにコメントの入れ合いになり、けっきょく239コメントというすごい記録を作ることになりました。こうなるともう、ブレスト状態。ブログは完全に息を吹き返しました。この様子は直後に総括されています(こちらこちらにも)。

■ブログ連載「わたしと万博」はじまる
2月11日からは、ロングランシリーズになった「わたしと万博」の連載が始まります。これはokkunが万博展の市民委員に応募した時に出した作文をカンチョーが「ブログにしたら?」と火をつけ、最初はシリーズにするつもりはなかったので(1)とも書かなかったのですが、つづいてすぐにK.T.さんが思い出を送ってこられ、これがまた地元らしくて面白かったのでじゃあシリーズにしてしまおうと。市民が体験したエピソードを溜めていけば、地元でやる「万博展」らしさも浮かび上がってくるだろうし、裏話を言えば「千里ニュータウン展」の時のように準備が間に合わなくなりそうでハラハラする…ということを繰り返したくなかったのです。身近に呼びかけると出るわ出るわ…しかもどれも珠玉の面白さ!さすが地元は思い出の濃さが違うと、まとめながらニタニタしました(ブログ上でも何度か公募しました)。結局このシリーズは聞き書きや遠方からのお便りも含め(今のところ)49編が集まり、「わたしと万博」は「万博展」のテーマにもなりました。このブログがヒントになったのです。この内容は「万博展」の本番ではピックアップして図録や展示にも展開しました。49編のリンクをまとめておきます。

●49.父が作った新幹線に乗って(にしやんさん)
●48.遅れて来た「中国」(okkun)
●47.アメリカ館ホステスの思い出(ジナ・バーンズさん)
●46.みんぱくへの道(関雄二さん)
●45.万国博ホステスうちあけ話(遠藤桂子さん)
●44.原子力発電が美しい夢だった時代(Oさん)
●43.「古代の夢と現代の夢」 父と古河パビリオン(蟇田吉昭さん)
●42.酒屋の配達トラックから目撃した未来(寺西善宏さん)
●41.ゾウのゆくえが気になる(okkun)
●40.万国博バッジの思い出(こぼらさん)
●39.万博跡地で鶴瓶さんと野球!(てつさん)
●38.筑豊から遠かった大阪(okkunの先輩)
●37.北海道からのお便り(Mさん)
●36.万国博ホステス・夏の一日(遠藤桂子さん)
●35.泥の工事現場で振袖の手を振る(Hさん)
●34.SF作家放談「1970年を語る」を読む(あかちゃんさん)
●33.藤白台の子供と万博(健ちゃんさん、ミュラさん、okkun、あのんさん)
●32.万博が私の職業を決めた?(かべさん)
●31.山田で臨時民宿経営してました(Oさん)
●30.バンパクよりアンポの1970年(ミリカママさん)
●29.「○百万人目のお客様」!?(A.Fさん)
●28.万博アパシー(カンチョーのトラウマ)(カンチョーさん)
●27.万博カヤの外(K教授)
●26.わが家はタイムカプセル(Sさん)
●25-4.お祭り広場うらばなし4.(伊吹健さん)
●25-3.お祭り広場うらばなし3.(伊吹健さん)
●25-2.お祭り広場うらばなし2.(伊吹健さん)
●25-1.お祭り広場うらばなし1.(伊吹健さん)
●24.万博少年になれなかった僕の万博体験記(万博少年?Tさん)
●23.「万博を思い感傷にふける・・・」(Kさん)
●22-3.千里ニュータウンという展示物(kafukuさん)
●22-2.情報産業論と万博(kafukuさん)
●22-1.新京阪電車P6の引退(kafukuさん)
●21.三方町~吹田市 リーダー交歓会(てつさん)
●20.クリエーター・大高猛Ⅱ(あかちゃんさん)
●19-2.万国博めざした千日前通建設(MMMMさん)
●19-1.若き裏方技術者の挑戦 (MMMMさん)
●18.わが心の「青春桜」(光 軍夫さん)
●17-4.クリエーター・大高猛(あかちゃんさん)
●17-3.長嶋だっ!(あかちゃんさん)
●17-2.メキシコ館つれづれ(あかちゃんさん)
●17-1.九ちゃんの思い出(あかちゃんさん)
●16.修学旅行で万博へ(Y.F.さん)
●15.ある小学生の大阪万博(H.F.さん)
●14.縄文人は岡本太郎をまねた?(石毛直道さん)
●13.動く歩道は歩くもの(こぼらさん)
●12.「EXPO CITYから来ました」(黒バグさん)
●11.万博とひだびと(akakageさん)
●10.梅棹忠夫さんに聞く(梅棹忠夫さん)
●9-3.山の手言葉のロシア人(テレビマンKさん)
●9-2.月の石を食べた!(テレビマンKさん)
●9-1.民放はじめての共同中継(テレビマンKさん)
●8.デートと森の思い出(sutanさん)
●7.バンパク美術展(へぐりさん)
●6.来るな、来るな…こわかった!(おーぼらさんのお友達)
●5.神戸港からゾウが歩いてきた(Aさん)
●4.待った、疲れた、見られなかった(きょうちゃんさん)
●3.小学校2年だった(てつさん)
●2.カレーライスと小さなお客(K.T.さん)
●1.ある市民委員の作文(okkun)

(つづく)

(by okkun)

鞆の浦と邪馬台国

鞆の浦の一部2ヘクタールを埋め立て、港を横切る橋を架けるという計画を差し止める広島地裁の判決が出た。理由は歴史的景観侵害、「歴史的、文化的価値を有し、国民の財産というべき公益。景観利益は法律上の保護に値する」というのが主な判決理由で、マスコミは画期的判決だという。埋め立てをするためには国交省の許可が必要で、公共事業見直しを掲げる新政府の壁が立ちはだかる。それにしてもハコモノより中身、時代の風が変わってきたことを感じる。
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画像私は鞆の浦については特別の思いがある。1999(平成11)年、香川県高松市で「投馬国は詫間か? -邪馬台国の謎を追う-」というシンポジウムをやったからだ。『魏志倭人伝』には、対馬、壱岐をへてマツラに上陸して、伊都-奴-不弥国まで歩いたあと、南の対馬に向かって舟にのり(水行)20日(急に距離が時間にかわるのがコンランのもと)、さらに女王の都まで水行10日、陸行1ヶ月を要すと書いてある。それまでの研究(例えば、岩波文庫の注)は連想ゲームのようで、九州説なら薩摩(投馬は殺馬の書き違え)、畿内説だと太平洋まわりなら土佐(「ト」があってる)、日本海まわりなら出雲(イツモ。何となく発音が似てる、有力な考古学遺跡がある)。本命の瀬戸内海をいったとすると鞆(トモ、この地域には有力考古学遺跡が多い)、詫間(タクマ、弥生時代の高地性集落がある)。実は邪馬台国については論争がかまびすしく、候補地は(よくフォローしてないが)、もっとあがっているはずだ。そのシンポは地域振興のために香川県でやったこと、畿内説よりであること、それにもまして故郷なので、私はタクマ説をとったが、本命は鞆ではないかとおもって(恐れて)いた。まー、こう書くと、曲学阿世の徒といわれてもしかたがないのだが、タイトルはキャッチコピー、実質は弥生時代考古学の(当時の)現状と生活の復元(ヒミコをイメージしたファッションショーをやった)からいいんじゃないか。2000人近い大入だったし。当時最前線で活躍中の佐原先生は埴原先生も参加していた。(四国新聞のHPには、この歴史的シンポジウムの記録が残っています→こちら。ちなみにポスターは安芸早穂子画)。

つまり、鞆の浦はヒミコの時代からすでに大陸へつながる海上交通の要所だった可能性があり、万葉集には大伴旅人が歌を詠み、中世になると文書や寺院、仏像、そして近世瀬戸内海交通の港湾施設(常夜灯、船番所、雁木など)と町並みが残る文化遺産の地なのである。

鞆の浦は新幹線としまなみ街道への高速道路という現代の交通網からとりのこされてしまっている。なつかしい里山と里海にかこまれた古い家並みと狭い道のまちを(だから「崖の上のポニョ」の発想が生まれたというのだけど)、もっと便利な現代的街にしたいという街の人たちの気持ちもわかる。しかし、それをやって、かえって寂れていった街の例も多い。観光地として生きるならいろいろ工夫はできると思う。今回の判決が全国発信されたことも大いに利用するのも一つの手ではないだろうか。

(カンチョー)

広瀬さんの講演会

10月4日午後1時半から、民博の広瀬先生による「さわる文化への招待―五感で拓く新たな日本史」という講演がありました。
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ちょうど民博では、わずか6個の点の組み合わせで文字はもちろん、数字、音符まで表せる点字の考案者ルイ・ブライユ生誕200年記念「点天展」がひらかれており、
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秋篠宮や
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舞台「奇跡の人」でサリバン役の鈴木杏
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などの案内で忙しい時の人。

その企画展では、点字に親しんでもらうのは目的の半分。三重苦の聖女ヘレン・ケラーは視覚を使えない人ではなく、使わない人ととらえ、情報の量、伝達のスピードなどの必要性から視覚にウェイトがおかれ、他の五感が軽視されるようになった現代に、他の感覚もあるんじゃないの、それらをもっとのびのびと発揮させたらどう?という問題提起が残りの半分。12世紀から続く琵琶法師や縄文的な恐山のイタコなどの具体的な話を通して五感で拓く日本史を実感する講演でした。

そのあと、広瀬先生、カンチョーをかこんで懇談会がありました。
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水族館の仕事をなさっている方の相談に、例えばイルカはピアノ、ジンベイザメはチェロと音をきめる、ピアノの音が右の方から近づいてくる、イルカの動きや方向が聴覚を通して実感できるのではないかというアドバイスが印象に残りました。イワシをヴァイオリンとして水槽の中を泳ぎまわる群が音で感じられるなんて、ドビッシーも顔負け。

(ちゅーぽら、きょうちゃん)

第9回 千里の竹あかり

中秋の名月の昨夜
北千里で「千里竹あかり」が開催された
 「竹あかり」 いつもながらに感動しました
 竹を並べた「吹田」のあかり文字もありました
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例年 北千里高校の吹奏楽部の演奏が行われ
この日もその予定で プログラムに組み込まれていたが
例の 新型インフルエンザには勝てず
急遽 同じ北千里高校のダンス部の演技となった
吹田祭りで活躍したダンス部 見事な演技でした
    
てつ

埴輪土鈴をつくろう :さわる展関連 視覚障害者のための陶芸講座

10月2日(金)午後1時半~、吹田市立博物館講座室で 「さわる」展関連の視覚障害者のための陶芸講座が、滋賀県立陶芸の森「世界にひとつの宝物づくり」プログラムと日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)「誰もが楽しめる博物館を創造する実践的研究-視覚障害者を対象とする体験型展示の試み」(代表:廣瀬浩二郎・国立民族学博物館准教授)の協力により開催されました。

講師は、陶芸家の宮本ルリ子先生です。去年は縄文土器に挑戦しましたが、ことしは埴輪です。今回は中に玉を入れて、土鈴にします。
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こんなにすてきなものができました!
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なかにはぶっとんだ作品も。。。△(三角)の顔に三本足。
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制作者・廣瀬先生いわく「今日は3にこだわってつくりました。なぜかというと、ヒトは2本足、動物は4本足、ぼくら視覚障害者は杖をついて歩くので3本足だから。こじつけだなぁ(笑)」
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中には、まん丸ではなく、ちょっとゆがめてある玉が2つ入っているそうです。どんな音が鳴るのでしょうか。

今日制作した作品は、陶芸の森で焼成していただきます。作品展ができるといいな♪
(こぼら)

居酒屋たんぽぽ 09年9月号

開催日が水曜日になってから出席できる人が少なくなってます。
でも雨の降る、9月決算時期の30日は参加者が少ないぶん、内容の濃いおはなしができました。
吹田を応援するチアリーディングチームの晴日さんが来れば雨の日もなんのその。
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 動画は無音声        

11月8日(日曜日)に武庫川で視力障害者にタンデム自転車に乗ってもらうイベントがあります。面白そうです。
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(おーぼら)