「吹田市の自然物語」09年7月25日(土)講演「野生動物の反乱」

小山館長から今回の「吹田市の自然物語」にあたり、河合雅雄先生(丹波の森大学名誉教授)の講演を望む強い要望を受けて頂いたと謝辞を述べ、講演後、河合先生とのトークを予定していると挨拶した。
 河合先生は、「野生動物の反乱」と題して野生動物と人とのかかわりの変化と21世紀の今日の課題について、14時から15時40分にわたって、100人を超える市民に語った(市長が最前席で聞いていた)。
講演の中で、ニホンザルを研究対象とした霊長類学を創始した自らの体験例やワイルドライフ・マネジメント行政の改善に挑む兵庫県立森林動物研究センターの活動にふれ、野生動物とのつきあいにとって新しい里山づくりが21世紀の課題であると語りかけた。

動物も被害を受けている
 「全国野生動物の被害増大」について、野生動物の視点から分析した。山で食べ物が少なくなって人里にうろつくツキノワグマは、九州で絶滅し、四国では危機的な状態にある。ニホンザルは100頭を超すと群れの分裂が「分家」のように生じるが、これと違った分裂を起こしている。野生動物はナワ張りで生活するという学習が継承されているが、高山のお花畑に現れたり、今までいなかった所に移動したりと行動域を広げている。
この要因として、動物と人との「黙契」―緩衝地であった里山環境の崩壊がある。
昭和35(1960)年頃から薪炭材にかわり、化石燃料、電気の燃料革命により、里山は役割を失った。

戦時中、里山林を燃料として伐採して里山が荒廃した。戦後を含め食糧難の時代に、ニホンザル、シカ、イノシシなどの野生動物を食べた。
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戦後の植林と動物保護
このように「国破れて山河なし」であったと当時を振り返り述べた。この状態にGHQ自然保護担当者は野生動物の保護を提唱した。林業ではシャープ勧告により、独立採算性の林野庁行政がはじまった。
昭和29(1954)年からの植林運動が行われ、昭和35(1960)年頃から拡大造林政策でスギ、ヒノキ、カラマツなど針葉樹が広葉樹に取って代わった。里山も針葉樹林化した。貿易自由化で外材の輸入により国内の木材は不況に陥り、林業は影響をうけ、森林は手入れされずに放置された。その結果、暗い森が増え、動物が追い出されたのである。1970年代に草地が開発され、シカが増えた。動物への関心がなかった。そして、1980年頃より急に野生動物による被害が増えた。

人とイヌがいなくなった農村は動物の領土となる
農家の減少、高齢化、減反―放置田、機械化、化学肥料、農薬などで田畑に人がいない状態になった。
サルが嫌っていた野放しのイヌが鎖につながれた。サルやクマなど野生動物が人里を恐れなくなった。里でおいしい食べ物を簡単に手に入れた。動物世界のルールがこわれた。猟友会にまかせていた害獣駆除はハンターの高齢化、減少が生じている。このように動物と「里」「人間」との関係が変わった。

途上国並みのワイルドライフ・マネジメントを
明治初期、東京の町の中にキツネ、タヌキ、イタチなどが生息しており、コウノトリも飛び、その様子に
E・ダン、オールコック、モースらが讃美した。19世紀まで、一種の生物も絶滅させていなかった。ところが、富国強兵、殖産興業の近代化にひた走った明治中期から状況は一転した。政府は、西欧化の中で野生動物に対する行政を導入しなかった。そのため、ニホンオオカミ、エゾオオカミの絶滅である。
 生息地管理、個体数管理、被害管理といった日本のワイルドライフ・マネジメントは途上国以下である。
最貧国のエチオピアでさえ野生動物保護行政は行われている。132億円の被害額に対し、先進国並の対策は無理としてもタイ、マレーシア程度の行政が求められる。権限のある県の担当は専門の係官でなく、事務系である。

新しい里山づくりは動物との“心のふれあい”の場
 兵庫県立森林動物研究センターでは、現在6人の専門委員が増えているシカやサル、アライグマなどの被害への対策と野生動物とのつきあいを研究している。
私たちには草木鳥獣を大切にする考えが残っている。私たちは動物との“心のふれあい”を、新しい里山をつくっていくなかでつくりあげていくことが21世紀の課題であると河合先生は強調して、講演を終えた。

シカを食べる研究会
館長とのトークでは、シカ肉を“モミジニク”と名付け「シカを食べる研究会」を行っていると述べた。
シカ肉は不味いという思いこみは猟が解禁される交尾期後、体力の劣っている不味いシカ肉を食べているためであり、交尾期前のシカ肉は蛋白質、鉄分が牛肉より多く、脂肪が少なくヘルシーである。ポケットからシカ皮にうるしを使った定期入れを取り出し、暮らしでの有効利用を研究していると述べた。

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ユーモラスな答え
質疑では、講演の中で「黙契」「放獣」など「犬」が付いており、イヌのはなしと関係があるのかとの質問がでた。河合先生は「気づかなかった。関係については調べて下さい」とユーモラスに答えた。
続いて、知床では増えているエゾシカ対策にいなくなった補足動物のオオカミを入れて、放すというのはどうかと河合先生の考えを求めた。
外から大陸オオカミを持ってきて、放すという野生動物への行政上は難しく、人がオオカミの役割を果たしていくことであると河合先生は答えた。
次に、市民からの苦情で行われている害獣駆除についての質問がでた。
ヨーロッパではハンターはスポーツとして定着しているが、日本ではそのようになっていない。公のハンター、ガバメントハンターでなく猟友会任せで行き詰まっている。自衛隊員を使うという声があるが、戦争する訳でなく、鳥獣保護の思想をもってことにあたるのだから難しいだろうと答えた。
予定した15時30分を超えて、講演を行い、16時まで館長トーク、会場との質疑に動物とのつきあいについて笑いを誘いながら、和やかに語られた。

「里山」は森林生態学の四手井綱英京大教授が「山里」をひっくり返したことばで、『広辞苑第5版』で収録(1998年11月11日刊)されたとの想い出をなつかしそうに語っていた。
(7月27日 作成M)

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