10/26(日)博物館トーク 柴山照夫さん 「吹田にあったビールチョウ(麦酒町)」

10月26日(日曜)午後2時から
大日本麦酒会社時代から親子三代にわたってアサヒビールにおつとめだった柴山照夫さんに当時の社宅や、その場所・・・ビールチョウについて語って頂きました。
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柴山さんは祖父、父もアサヒビール(当時の大阪麦酒会社)にお勤めでした。おじいさんは明治22年大阪麦酒会社の創業当初からお勤めでした。お父さんも大阪麦酒会社にお勤めで、昭和3年社宅で柴山さんは生まれました。社宅のあった場所は現在の泉町2丁目と5丁目の南部で阪急電車の吹田駅の近く。阪急電車の線路を挟んで西側と東側にあり、西側は今のメイシアターと阪急電車の線路の間の駐輪場のあたりで、東側は今の駐車場とテニスコートのところ。
この付近の住居表示は昭和15年(1940年)に吹田村が吹田市になってから吹田市麦酒町(びーるちょう)となった。
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ビールチョウ」という地名は正式名称で柴山さんが中学を出て、(父親と同じ会社には行きたくなくて)別の会社を受験する時の願書には「吹田市麦酒町三一一四」と書かれている。
社宅の戸数は99。住人は300~400人といったところ。島根、鳥取、広島など中国地方の出身者が多く、地元出身者は3割程度だった。独身者は寄宿舎と呼ばれる木造2階建てに住んだ。

社宅は狭く、男2人女2人の子どもと夫婦、計6人家族にはあまりにも狭かったので会社に内緒で四畳半を建て増しした。父親は会社にバレて始末書を書かされたが「増築部分を壊せ」とは言われなかった。昭和28年に社宅を出るときには壊して元の姿で会社に戻した。
当初から電気、水道はあった。電気と言っても戦前は家電製品ではなく、「電灯があった」というだけ。ラジオは所持するのに届出が必要だったが、内緒で鉱石ラジオを聞いていた。昭和20年にもなると各社宅でも防空壕を作った。玄関の地面を掘って作るのだが、昭和20年のはじめに米軍の飛行機からビラが撒かれ、そこには「(戦後ビールを飲みたいので)大阪麦酒工場は爆撃しない」と書かれてあった。それを見てから各社宅では防空壕づくりは流行らなくなった。

昭和25年(22歳)で結婚した。当時の結婚式はほとんど神社で行われていたが、麦酒町ではじめて難波の高島屋で結婚式をした。披露宴は上司などを招いて社宅でおこなった。
当時の葬儀は会社の庶務係が紅葉山葬儀社に依頼し、社宅で葬儀がおこなわれた。葬儀がしやすいように社宅外壁の一部が簡単に外せるようになっていて、外から室内が見えるようにできた。
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自治会は「吹田市麦酒町会」という。他の自治会と違うのは「会員全員の勤め先が同じ」という環境だった。運動会や遠足は社内運動会や慰安会を兼ねていたようだ。
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現在、アサヒビール前から吹田警察に向かう道に沿ってトロッコ道があった。
大阪麦酒会社操業当初の出荷は工場から牛車で高浜橋付近で船にのせていたが、(柴山さんが生まれる5年前の)大正12年からはこのトロッコを牡牛(コッテ牛)が引いて東海道線に沿って神崎川に向かった。昭和10年からは鉄道輸送になったのでトロッコの役目は終わった。トロッコ道は昭和12年(柴山さん9歳)まで存在した。農業に使っていたのはメス牛で、一方コッテ牛はオスで体格が大きく力も強かった。
会社では牽引用にコッテ牛を6頭くらい飼育していたようだ。
休日はトロッコが使われていないので柴山さんらワルガキはこのトロッコで遊んでいて、遠くの方に置いたままにしてたので、バレたら会社の人に叱られた。
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昭和10年までのビールの出荷は神崎川→千船から大阪に向かい→梅田、横堀、堀江にある大日本麦酒の倉庫に収められた。帰りの船は尼崎に行き製瓶工場から空ビンを積んで神崎川を遡上した。

このように昭和初期の吹田市役所、メイシアター付近の様子が目に浮かんだ90分でした。
博物館だよりNo35(PDF)にも柴山さんのお話が出ています。
(おーぼら)

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現存するケッタイな町名は次のようなものがあります。

■山口県山陽小野田市セメント町(旧小野田市)。小野田セメント(現在の太平洋セメント)が創業した町。
■大分県津久見市セメント町。小野田セメント(現在の太平洋セメント)がある。
■山口県山陽小野田市硫酸町。硫酸を製造する日産化学工業(株)小野田工場(当時の名は日本舎密製造会社)がある。
■愛知県豊田市トヨタ町。トヨタ自動車の本社工場がある。
■群馬県太田市スバル町。富士重工業の群馬製作所:スバルの工場がある。

≪余禄≫漫湖
沖縄県那覇市と豊見城市とのあいだにある湖(湿地)。
渡り鳥の重要な中継地で、日本では11番目にラムサール条約に登録された湿地
ラムサール条約登録のニュースでは、NHKでは字幕で "漫湖" と出しながら、なぜかナレーションでは "この湖(みずうみ)" としか言わず、名前を読み上げなかった・・・とか。
このほか沖縄には恩納(おんな)村いんぶビーチなんてのも・・・

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この記事へのコメント

おーぼら
2009年05月19日 23:16
会社の名前がついた町名はたくさんありますね。旭川市パルプ町 苫小牧市王子町 仙台市青葉区ニツカ 東京都府中市東芝町 川崎市幸区小向東芝町 富山市住友町 富山県高岡市鐘紡町 滋賀県長浜市鐘紡町 山口県防府市鐘紡町 守口市松下町 茨木市松下町 大東市三洋町 宝塚市新明和町 佐世保市ハウステンボス町 これらはどんな企業があるのかわかりやすい町名ですね。高槻市幸町には松下電器産業(現:パナソニック)があり、松下幸之助の幸から町名がついたようです。吹田市岸部北4丁目10番1号はやがて吹田市小山町あるいは吹田市修三町となるのか?
okkun
2009年05月19日 23:16
「企業町名」としては池田市の「ダイハツ町」を忘れちゃいけません。ビールの例では東京の「恵比寿」!これはヱビスビールの工場があったことからついた町名で、恵比寿で生まれたからヱビスビールになったのではありません。
てつ
2009年05月19日 23:16
あのさぁ すいはくには しばらく行けません でも ちゃんと ビール 追いかけてますからぁ 飛騨ビール 旨かった 白山スーパー林道 紅葉 綺麗でしたぁ♪ てつ
きょうちゃん
2009年05月19日 23:16
「朝日麦酒」を立ち飲み所で、飲みながらこんな話を聞きました。 アサヒビールを漢字で書けば「朝日麦酒」。 この「朝日」で・・ 吹田市には現在、アサヒビール吹田工場の南・・JR線を越えた・・その南<JR吹田駅前>の通りは「旭町商店街」。 「朝日町商店街」と「旭町商店街」との令名に際しては、面白い話があったとか

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