わたしと万博(6)…来るな、来るな・・・こわかった!!

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私がお医者さんの学校を卒業した数日後から万博がはじまりました。
卒業後の外科研修を受けている9月のある日、先輩から「○○くん、ボク、都合が悪くなったから9日に万博の救護室の応援に行ってくれ」と言われ、チョチョマイました。
(余談ですが、「ちょちょまう」という単語も「なつかしい」と感じる「ぬかる民」も多いことでしょう)

先輩は「救護室には内科と外科があって、わからんかったら内科の先輩に相談したらエエがな」と気休めを言ってくれました。しかし、
なんぼ医師免許はあるといっても、単独で患者さんを診るなんて、大それたことはしたことがなかったし、縫合なんてやったこともない。
手術に立ち会っても先輩が縫った糸を結ぶだけ。
それも「アホッ! 風呂敷結んでるのとチャウぞッ! ナンヤその結び方は!! ボケ・カスッ!!」と罵声と言うか、激励を浴びながら結んだことがあるだけ。

(犬のおなかの縫合はしたことある・・・でも人間が来たら・・・あーコワ)など、
どんどんヘンな方向に行くイメージトレーニングで眠れない一夜を過ごしました。

その日、9月9日(・・・今は「救急の日」ってことになってますが・・・)
ほんとは午後の担当でしたが開門前に行きました。当然タダで好きなパビリオンに行くために・・・
ところが、どっこい。新学期が始まっていて、子どもの入場は少なくなっていたとはいえ万博閉幕まであと一週間のこの時期、通用門にも到達できない状態。結局、すいてるパビリオンを数件のぞいただけでした。
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担当は午後1時から5時までの4時間、「なんとか誰も来んとって」と祈りつつ午後1時少し前に救護室に入りました。
「内科と外科の診察場は当然カーテンごしの隣どおし」と思っていたら、なんと部屋が別になってる!!・・・・「隣の部屋の先輩にどーやってソーダンすんの?」と思った矢先、頼るべき内科の大先輩がにこにこして近づいてきました。
「○○くん、ボクちょっと、場内をみてくるから、たのむワ」と言うやいなや、私の返事も待たず、そそくさと立ち去りました。
「ワッチャー!!」
「どこが、ソーダンしたらエエがな」やねん?(怒り&不安)

こーなったら、矢でも鉄砲でも・・・とあきらめ、頼るは30過ぎの先輩看護婦さん。
しかし最大の頼りは「お祈り」でした。「来るな、来るな」と念仏をとなえていました。

念仏の効果があって結局目の前に現れたのは欧州某国のパビリオンでお勤めの若き美しきホステスさん。(年令は・・・職務上知りえた秘密なので口外できないのが残念です)
当時はコンパニオンってなハイカラなネーミングは存在せず、ホステスさんでした。

訴えは「気分が悪い」・・・日本語でしゃべってくれて助かりました。
恐る恐る脈をみて「ふむー、不整はない。ちゃんと脈打っとる」と脈を数えるふりをして時間をかせぎ、
聴診器で呼吸音や心音を聞くふりをして心を落ち着け、
看護婦さんの目を見たら「点滴しといたら?」って目つきだったので、「じゃー点滴しときましょ」と処方箋を発行。

私がタッチした初の外国人女性でした。しかも肌が透きとおるようなメッチャ美人。古い表現で“銀幕から出てきたかのような”美女。
点滴してバクスイしている姿も・・・・・・・・・・これ以上の描写はひかえます。
この間にも、「この点滴でアレルギー発作が起こって呼吸が止まったらどーしよー?」
「呼吸が止まらなくても蕁麻疹が出たらどーしよー?」と悩みの集中豪雨状態が続いていました。
もちろん、お祈りは継続していました。


♪ジャジャーン!!・・・お祈りが通じました!!

1時間あまりで彼女はすっかり元気になって「メルシー」って帰っていきました。
今から思えば、彼女はたび重なる夜更かしで、単なる寝不足だったのでしょう。

結局、患者さんはこの美女一人だけ。「やったーっ」
4時半ころ戻ってきた先輩はヒッジョーにくやしがっていました。

5時からウキウキしながら人ごみの中に溶け込んでいった私でした。
(by ○○くん 聞き書き おーぼら)

※「ちょちょまう」とは、パニックになるor頭が混乱してしまうときに使う言葉。
1978年4月9日から1989年10月1日に毎週日曜日深夜(月曜未明)24:00-26:30ごろに放送された「鶴瓶・新野のぬかるみの世界」(つるべ・しんのぬかるみのせかい)で新野新(しんの しん)氏がよく用いた。
→ということは万博当時ははやっていなかった言葉。○○くんは「ちょちょまった」と言ってますが当時はまだこの言葉はあまり使われていませんでした。
※「ぬかるみの世界」という番組をきいている人たちを「ぬかる民」と称していました。
※タンザニア館は現在の民族学博物館の敷地に存在しました。数ヶ国と共同の館でした。

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この記事へのコメント

おーぼら
2009年05月03日 12:35
※の追記 「ぬかるみの世界」は毎週日曜日深夜(月曜未明)24:00-26:30ごろにラジオ大阪で放送してました。~~~~~~~~~~~~~
アルミ
2009年05月03日 12:35
朝のテレビ見ました。
okkun
2009年05月03日 12:35
タンザニア館ってたしか…工事をのんびりやりすぎて、オープンが3月15日に間に合わなかったパビリオンじゃなかったかな…?設計変更があったのか、「万博公式ガイドブック」の初版と再版で、外観ががらりと変わったパビリオンじゃなかったかと思います(うろ覚え)。1964年に合併する前は「タンガニーカ」と「ザンジバル」っていう、2つの国でした。新しい国名も合成したっぽく、最近の市町村合併を思わせます。ああ、美女の患者さんの魅惑的な話と全然ずれたオタクコメントでゴメンナサイ!
てつ
2018年12月01日 15:39
ぬかるみの世界
で、ふと 思い出したんですが
元毎日放送の辺りがミリカタウンなるマンションだらけになり 減らしてきた学校が足らなくなり 新しく出来た学校の校歌の 作詞が しんのしん 作曲 キダタロー なんだとか こんなところにも ぬかるみが^_^
2018年12月01日 20:08
土地の魂がぬかるんでるんですね。

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