わたしと万博(17-2)…メキシコ館つれづれ

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前夜の宴会の勢いもあったが、気になるホステスにどうしても声をかけたかった。万博会場2日目、「ブエノス・ディアス」、思い切って声をかけた。若さの至り尽くせり。彼女の名はブランカ・ベアトリチェ。

万博会場で声をかけてから15年後の1985年、仕事でメキシコに行く機会を得たが、その折、秘かに思い起こしたのが一人のホステスのことだった。彼女からもらった連絡先になんとか行き着きたいと考えた。それはカリブ海側の都市・ベラクルス。

彼女は現われなかったが、息子・パブロ君と出会うことになった。この好青年は翌日目的の「ハラパ美術館」への案内をかってくれた。大平正芳という牛みたいな総理がメキシコに寄贈した海洋探査船「OOHIRAMARU」もみせてもらった。多くのメキシコ人との出会いがあり、私の国際観に大きな影響をもたらした。弁護士志望だったパブロはどうしているだろう。

「万博展」が、そんな出会いや新しい発見の場になったらイイな、と心から願うばかり。「国際交流」と大上段に振りかざすのではなく、目線でピーとか、自然な語らいで触れ合えたら最高だと考える。その場として博物館は申し分ない。

(あかちゃん)

この記事へのコメント

pigmon
2009年05月02日 02:03
何でも壊れるまで使う我が家では、カラーテレビが入ったのは、okkunさんちよりさらに数年後の、なんと70年代後半になってからでした。NHKの受信料徴収に来る人に、いつも疑いの眼を向けられていました。それはさておき、かなり大きくなってからカラーTVになったので、自分の視点の変化に驚きました。それは、白黒のときは、ドラマのストーリーにのめり込んでいたけれど、カラーになると、衣装とか小道具に注意がいってしまうこと。「色」に惑う・・・のかしらん。
あかちゃん
2009年05月02日 02:03
てつさん、いずれも万博会場です。東京から2泊3日の詰め込みスケジュールの旅。 でも濃密な体験でしたね。写真はまだありますが、頭がノワールになりそうなのでこの辺に留めましょう。
てつ
2009年05月02日 02:03
確か パビリオンに コダック館 なんてありませんでした? カラーテレビが 我が家に来たのは 札幌オリンピックの時だったと思います 今でも オリンピックや ワールドカップ前に テレビが売れるらしいですね? あかちゃんさんが しぶく写っているのは 万博の会場なんでしょうか? あ・・・ そおいえば 千里ニュータウン展で 「イヤミのシェー」写真を集めたいとか って言ってた方がおられたけど 万博展で お祭り広場のあの大屋根バックの写真なら集まりそうですね?okkunさんのも あるし♪
okkun
2009年05月02日 02:03
はい、1965-70年頃はカラーフィルムが安くなって画質も向上し、普通の人が撮るスナップが急速にカラーにシフトした時代でした。8ミリフィルムもそうでした。いつかこの時期の8ミリフィルムを博物館で見たとき、編集したせいで一本のフィルムがカラーになったり白黒に戻ったりしてましたよね?ちなみにうちはカラーテレビを1973年にやっと買いましたが、それってクラスでは一番遅かった…。番組でもカラーを前提に「この赤いグラフと緑のグラフが…」なんて言うものだから、「わからん!」とフンガイしてました。あかちゃんはガボンからカリブ海まで、神出鬼没ですね。頭の中もサイケカラーでしょう。