わたしと万博(19-1)…若き裏方技術者の挑戦

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ビッグ・イベントには多くの社会基盤整備が行われます。特に東京オリンピックや大阪万国博覧会では特に多くの社会基盤整備が行われ、技術的にも大きな進歩をとげました。万国博当時わたしは大阪市に在職しており、この面から全く裏方として参加しました。一般の方には殆ど知られなかった存在だったと思います。

万国博関連事業は昭和42年12月、総額6502億円の事業費が閣議了解され、着工されました。道路・鉄軌道・空港・港湾などの交通輸送施設の整備に重点が置かれ、その事業費は5756億円と全体の89%を占めています。このうち道路整備関係は3342億円で、会場への直接アプローチ道路や緊急度の高い道路の整備を行うこととしました。

大阪市内の都市計画としては、新御堂筋線を貫通させること、築港深江線(中央大通り)を貫通させること、泉尾今里線(千日前線)を貫通させること、天王寺バイパスを完成することなどが大きな問題でした。そこで大阪市では総合計画局にあった街路部に特定街路課が設置され、北部街路係が新御堂筋を担当し、南部街路係が泉尾今里線(千日前線)と天王寺バイパスを担当しました。その南部街路係長に私が任じられました。今でも当時の上司や同僚とは「特定街路会」と称して飲み会を続けています。

特に新御堂筋線は大阪都心と新大阪駅と万博会場を繋ぐ重要路線でしたので、淀川区内は新大阪駅周辺地区土地区画整理事業とし、当時、建設省直轄として大阪市長に機関委任する形がとられました(現在この方式は地方分権にそぐわないと廃止になっています)。そこで新御堂筋の建設だけで、大阪市内でも街路事業と区画整理事業がなされ、大阪府下は大阪府が施行し、地下鉄は江坂までは大阪市交通局に施工の認可が下りましたが、それから先は未定だったので、北大阪急行電鉄が設立され工事をすることになりました。地下鉄は御堂筋線のほか5路線が関連事業として整備され、32キロから64キロへと2倍に伸び、その他私鉄でも新設や線増がおこなわれました。

街路事業のほか、都市改造事業、地下鉄事業、鉄道連続高架事業など色々な事業が実施され、都市交通の円滑化に重要な役割を果たしたことは今も評価されています。万国博の先にも後にも、大阪府や大阪市でこれほどの社会資本整備が行われたことはないのです。万国博を成功に終わらせるための裏方の事業が万国博関連事業であり、それに邁進した若き技術者であった私たちの姿が脳裏によみがえって来ます。是非「万博展」にはこの万国博関連事業もオモテに出したいという願いから、今回実行委員に手を上げました。

(MMMM)

※画像は1970年当時の新御堂筋(新大阪駅付近)。大阪市のHPからお借りいたしました。(okkun)

この記事へのコメント

okkun
2009年04月29日 12:53
大阪市営地下鉄が大阪市を出た江坂で終わっているのは、大阪市民の税金で市外の整備をすることはスジが通らないからです。このために北大阪急行が阪急と大阪市の出資で設立されました。北大阪急行は車両も阪急と地下鉄の特徴をあわせもち、外観も阪急のマルーンと御堂筋線の赤と2つラインが引かれています。北大阪急行は初乗り運賃が日本一安い(80円)ことでも有名ですが、これは開業直後の半年で大量の万博客を運んで減価償却をしてしまったからとも、万博輸送用に作った車両を大阪市に買い取ってもらったからとも言われています。