わたしと万博(18)…わが心の「青春桜」

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今年も万博公園の桜の花が見事に咲きました。

今から38年前「世界の青少年を花いっぱいで迎えよう」を合言葉に、全国動労青少年団体協議会(全青協)が、全国の働く青少年の仲間たちに募金を呼びかけ、桜の苗木600木余りを万博会場の中央環状線沿い2.5キロに植樹しました。

昭和30年代から40年代は高度経済成長の波を受け、地方から多くの青少年が、働き場所を求めて都会に流れて来ました。集団就職とか金の卵とか呼ばれた時代です。

当時都市では地方出身者を中心とした青少年のグループが数多く生まれました。従来の青年会とは異なった独自の活動を展開し、都市単位の協議会も結成され、やがて全国組織にまで広がっていきました。

私は広島県で生まれ、学校を卒業と同時に来阪し小さな会社に就職いたしました。何でも話し合える友だちを求めて、広島県出身者だけの青少年グループ「広島青年クラブ」を、同郷の先輩と一緒に立ち上げ、働きながら休日などの余暇をグループ活動に専念してきました。やがて協議会にも加盟し大阪市や全国組織にも顔を出すようになり、万博会場の桜の植樹に参加することが出来たのです。
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桜の植樹は昭和43年、大阪で日本万国博覧会が開催されることになり、勤労青少年団体として何らかの協力をしたいと協会に申し入れ、桜の植樹が実現したのです。早速、全国の勤労青少年の仲間たちにカンパを呼びかけ、集まった資金で足利市の青少年団体が桜の苗木を育ててくれることになったのです。そして、万博開催の1年前の昭和44年2月、足利市から桜の苗木600木余りを大阪まで運ぶ「キャラバン隊」を結成し、宇都宮市、東京都、横浜市、静岡市、浜松市、名古屋市、京都市、西宮市、伊丹市、大阪市、吹田市の各都市を表敬訪問し、「勤労青少年の日」の制定と万博の成功を呼びかける「メッセージ」を首長に託してきました。4日がかりで吹田市に到着。その夜吹田市内でキャラバン隊を歓迎する集いが、吹田市や大阪市の青少年約100名が参加して開催されました。終了後その夜は吹田市青少年の家(野外活動センター)で宿泊。翌日、万博会場で贈呈式と植樹式を行いました。植樹場所は万博終了後も永久に残る場所として中央環状線沿い2.5kmが指定されました。

その後、毎週日曜日毎に大阪のグループが交代で植樹を担当しました。穴を掘り、苗木を植え、それぞれ添え木をする作業は思った以上に大変でした。 600本の植樹が完了したのは半年後の11月の末でした。

私の住まいが万博会場に近いことが幸い(?)し、当時全青協の万博特別委員長の大任を仰せつかり、桜の植樹をはじめ、万博開催期間中も青少年の交流会や、弘済院の施設を活用した勤労青少年の無料宿泊所など、多彩な事業の担当者として取り組んでまいりました。
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あれから38年、小さかった桜の苗木は大きく育ち、今では大阪屈指の桜の名所として、毎年春には見事な花を咲かせてくれています。

この桜の植樹を記念して、今から22年前の昭和60年(1985年)は、万博開催15周年と「国際青年年」に当たり、粘り強く万博記念協会(当時)にお願いし、熱意をご理解していただき、中央ゲートの近くに働く青少年桜記念碑「青春」を建立することができました。

平成17年(2005年)の4月、大阪万博から35周年を迎え、また愛知万博が開催されていることから、「元気なうちにもう一度みんなで集まろう」と、植樹に関わった当時の全国の仲間たちが実に36年ぶりに万博会場の記念碑の前に集いました。集まったのは横浜、足利、妙高、広島、大阪からの50余名で、すでに還暦を超えた人が大半です。植樹以来始めて訪れた人も多く、大きく成長した桜を見て感激の様子でした。また、この桜がメンバーの心ををつなぐ存在として永遠の友情を誓い合いました。そしてこの桜を「青春桜」と命名し、永遠に顕彰と保存に努めていくことも誓い合いました。

私は植樹以来毎年桜の成長を見守って来ました。植樹した当初は小さな苗木だったので、花が咲くのだろうかと心配をしましたが、3年目頃からチラホラと咲き始め、5年目にはほとんどの桜が花を付けました。木も年々大きくなり、10年目からは見事な花が咲くようになりました。記念碑を建立してからは、大阪のメンバーが毎年清掃と花見を続けております。

私にとりましてこの「万博公園の青春桜」は、心の支えであり誇りであります。また、私のボランティア活動の原点がここにあります。毎年春になりこの「青春桜」が満開になる度に「青春」が蘇り、生涯青春の熱き血潮が沸いてまいります。

追伸:全国勤労青少年団体は、昭和38年の結成以来最も大きな運動の一つとして「勤労青少年の日」の制定を全国展開で推進してきましたが、要望が認められ昭和45年に法制化(勤労青少年福祉法)され、毎年7月の第3土曜日が「勤労青少年の日」に制定されています。

(光 軍夫)

この記事へのコメント

okkun
2009年04月29日 12:53
いいお話ですね。原稿をお預かりして、泣けてしまいました。「わたしと万博」、しばらくお休みしていましたが再開します。
カンチョー
2009年04月29日 12:53
勤労感謝の日があのあたりからでていると知っておどろきました。大阪万博が日本を変え、飛躍させたことは明らかですが、その推進力は勤勉な若者から。07EXPO70は、そんなメッセージを上海に送れるといいですね。
みっちゃん
2009年04月29日 12:53
万博の桜は本当に見事です。でも、美しく咲く桜の木々が、そんな風にして植えられたことは、全く知りませんでした。来年から、桜をめでる思いが、感謝に変わりそうです。多くの若者の、懸命さが木を大きく成長させたのですね。
きょうちゃん
2009年04月29日 12:53
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