わたしと万博(37)…北海道からのお便り

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初めまして。遅くなりぎりぎりで申し訳ありません。自宅の二階の押入れの奥から取り出してみました。一昨日でしたでしょうか。万博の記録テレビ番組をしておりました。懐かしいです。私共も若かったです。八月初旬で37度に驚いた日を思い出しております。主人も逝って十年。小学校四年生だった息子も中年の小父さん47才。札幌テレビ塔の近くで仕事しております。私は一人で暮らしております。昨年四国一周の帰途大阪へ寄りました。急いで捜して箱に入れました。

日本館で息子が先に出口へ行ってしまい、私達ゆっくりあとから行きましたら、見物タラップの下でコンパニオンの方々とおしゃべりして泣かずにおり、お嬢さん方がどうしましょうどうしましょうと心配してたら子供がもう少し待ったら見終って出てくるから大丈夫だと云ってたそうで皆さんと大笑い。子供に北海道の事を聞いておしゃべりしてたと聞きました。皆さんの方が心配されていた様子です。アメリカ館ソ連館の長時間並んで玄関入った所で冷水機のお水がすごく美味しかった事を思いだします。天王寺の旅館の番茶ポットにつめてくれたのが会場で酸っぱくなっていました。驚きました。きっと沢山のお客様につめる様前夜作っておいたのでせうね。

思ひ出した事、少し書きました。アルバム見てたら書きたくなりましたので。乱筆お許し下さいませ。
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遠くから来られた方には、地元の人間は持てない特別な思い出がおありになるようですね…。何かとても心にしみいるお便り、ほぼ全文紹介させていただきました。北海道のMさん、どうもありがとうございました。どうぞお元気で…。

(by okkun)

この記事へのコメント

okkun
2009年04月26日 21:41
子供にしてみたら「親を連れて行ってやる」ぐらいの気分だったでしょう。僕もこの息子さんとほぼ同じ年でしたからよくわかります。「オトナはすぐ迷子になるからな~」なんて感じで…
五郎人
2009年04月26日 21:41
ませたガキというのはいつの時代にもいるもんですね。このあいだ汽車のなかで、「そうか、昭和は平成の前か」と話し合ってる子どもをみて、「昭和は遠くなりにけり」と感慨にふけりました。