わたしと万博(33)…藤白台の子供と万博

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藤白台は万博会場のすぐ隣に位置し、まさに「超地元」!私の個人サイト「アラウンド・藤白台」万博の話を書いたところ、当時の藤白台の子供から、地元ならではの濃~い思い出が集まりました。カンチョーがぜひ、こちらのブログでも記録にとどめたい!とのことで、お断りのうえ転載・ご紹介いたします… (okkun)
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●千里ニュータウンと万博。私の子供時代の記憶の中で切っても切れない関係です。小学校一年生の夏、とてつもなく大きなインパクトで私の中に思い出を刻みました。今までの人生で知り合ったほとんどの人から「万博」の思い出を聞きました。37年前のあの頃、"将来の知人"が会場ですれ違ったり並んだ列の前後にいたのかなと不思議な感慨を覚えます。 (健ちゃん)

●名神吹田出口から、藤白台に向かう途中
右手に太陽の塔が見えると、
「あー千里に帰ってきたー。」って思います。
阪急に乗ると、山田までの間に横顔も見えますし
太陽の塔は、私の中では大きな存在です。
(あ、そういえば万博当時は山田駅はなくて万国博西口っていう
駅がありましたね。今、セルフのGSがあるあたりかな…)
大阪万博の頃は、北千里駅にも外国人の姿が多かったし、
小学校にも一時金髪の兄弟?が通ってて、校内が騒然としたものです。
私にとってもはじめての外国人との出会いだったのかもしれません。 (ミュラ)

●金髪の同級生は僕の学年にはいなかった…と思いますが、忘れられないのは、お父さんが工事関係の人で、転校してきてたった1ヵ月で転校して行った男の子がいましたね。万博の前の年ぐらいだったかな。 (okkun)

●藤白台小学校のわたくしの教室の窓からソ連館が見えました。
ソ連館が基部から頂点へ向って生長していく様子を毎日眺めておりました。
万博開幕前に太陽の塔まで同級生の皆と参りました。お祭り広場の階段を
歓声をあげて駆け下りる場面を撮影いたしました。
開会式の当日、その開会式を放映する番組の最初の部分にそれが流れました。
その部分は小学校のテレビで観ました。
いつもおかしな顔の表情で皆を笑わせていた同級生が大写しになりました。
期間中、各パビリオンでもらえるバッジを蒐集するのが流行ったりいたしました。
わたくしもいくつか持っておりましたが、今ではそれらはどこへいったことやら。
パビリオンでもらったパンフレット等もしばらくはダンボール箱に入れて
(そう、ダンボール箱に入れるぐらいの量!)保存しておりましたが、
やはりこれらもいつのまにかどこやらへ。
夕方からの半額券で何度も入りました。あの半額券はうれしいものでございました。
小学生のわたくしにとりましては驚異と夢の世界でございました。 (あのん)
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あの「世紀の一大イベント」に歩いて行ける近さで関わり、しかも好奇心いっぱい感受性いっぱいの10代でその経験を通過できたことは「人生の一大ラッキー!」だったと言えるのではないでしょうか?毎日太陽の塔の背中を見て育つと…精神の奥深くに降り積もるものも多いでしょう!

(まとめ by okkun)

※添付の画像は、藤白台診療所前からソ連館を望んで当時の私が描いた油絵です。習ってたんですよセンターで。ああハズカシイ…。

この記事へのコメント

みっちゃん
2009年04月26日 21:41
okkunさん、絵も上手いのですね。色使いがとってもいいです。日本の子らしくない配色ですね。それに、構図もまとまってますよ。先生の指導が良かったのでしょうか?絵もよく保管されてましたね。これって博物館展示品になるんですか?
okkun
2009年04月26日 21:41
えーと、壁が埋まらない場合は…(38年前の自分に助けられるのはジクジたるものがありますが…)