わたしと万博(32)…万博が私の職業を決めた?

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私は中学2年生、万博に両親と一緒に行ったときの写真です。
ちなみに私はこのときで10回目。家はもともと大阪にあったのですが、万博直前に奈良県香芝にひっこし、通うのは大変でしたが、それにもひるむことなく。足の速かった私はゲートが開くと、全速力で会場に駆け込み、パビリオンの順番取りをしたものです。

一番の思い出はやはりアメリカ館の【月の石】でしたが、今思うとイタリア館に通いつめたことが、彼の地に修業に出かけ、イタリア料理店をやるようになったことにつながっているのじゃないかとおもうのです。

(かべ)
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※カンチョーのおなじみ、自宅近くのレストランシェフからのものです。(こぼら)

※お預かりした写真(上)に、褪色修復を試みました(下)。肌の色を目安にやるのですが、並べるとちょっと派手かな…?背景はガスパビリオンですね。(okkun)

この記事へのコメント

okkun
2009年04月26日 21:41
小学校高学年から高校ぐらいで万博を通過した世代にとっては、あの強烈な印象が職業選択に作用した…という人がけっこういます。ユニークさを競っていたパビリオンの群れに感銘を受けて建築の道に進んだ人も、人を集めて喜んでもらう興奮が忘れられずイベント稼業に入った人も、カッチョイイNewで人をビックリさせる!という部分に共鳴して広告屋になった人も…まあ、同じ万博のどの部分を見てどういう道に進んだかは、やはりその人の個性なわけですが…。